Immersive Data Science
IDS — Research Framework
© Nakamura Lab, Musashino University
Immersive Data Science(IDS)は、人が行動する「空間そのもの」を実験環境として扱い、観察・解釈・介入・検証を連続的に行うデータサイエンスの枠組みである。その背景には、現在のAIが抱える構造的な課題がある。今日のLLM(大規模言語モデル)が学習しているのは、世界そのものの法則ではなく、人間が言語化した世界の描写である。つまり、統計的に尤もらしい語の連なりを出力する能力と、現実の因果メカニズムを把握する能力は根本的に別物である。
IDSでは、VRや3D空間、PC・スマートフォン上の仮想環境における人の位置、視線、動作、発話といった身体に結びついたデータを直接取得する。これらは単なるログではなく、空間と時間の構造をもった一次データとして扱われる。
取得されたデータは「世界モデル」と呼ばれる内部表現に統合され、人の行動や状態の変化が因果的に解釈される。Judea Pearl教授が提唱した因果の階梯(Ladder of Causation)では、知能の水準を「観察(Seeing)」「介入(Doing)」「反事実推論(Imagining)」の三段階で整理しており、現在の主要なAIアーキテクチャは最下段の「観察」——すなわちデータ中の共起パターンの検出——の域を出ていない。
このプロセスは一度で終わる分析ではなく、人と環境が相互に影響し合いながら進む継続的なループとして設計されている。AIを次の水準へ押し上げるには、データ規模の拡張だけでなく、認識の仕組みそのものを刷新する必要がある。IDSはその試みの一つであり、空間の中で介入と検証を繰り返すことで、因果の構造を浮かび上がらせることを目指す。
IDSにおいて、LLMは分析や仮説生成を支援する補助的な役割にとどまり、最終的な判断や設計の意思決定は人間が担う。LLMの強みはあくまで大量のテキストから統計的な規則性を抽出する点にあり、因果の同定や介入方針の設計には人間の洞察が欠かせない。IDSは処理の自動化を追求する手法ではなく、人間の理解力と設計力を拡張するためのデータサイエンスである。